深山に伝わる異聞「夜這い女」の怪。満月の夜だけ現れるという黒髪の美女は、樵の背中に無言で取り憑き、朝まで背中から離れない。明け方に振り返ればそこには――濡れた獣毛と腐敗した白骨が残されるだけという。
河原の夕暮れ時、紅い着物の女が「私を家まで送って」と囁く「後ろからついて来い」現象。この誘いに乗った男は三日後、川底から右手首だけが発見される。指先には未だ朱色の爪油が光っているという。
現代都市伝説「エレベーターの口づけ」。最終階で乗り込んだ謎の美女が「あなたの吐息が欲しいの」と耳元で呟く。次の階で振り向くと乗客はおらず、鏡面の壁に黒山羊の影が二本角を揺らめかせている……。
これらの淫妖怪談に共通するのは「美しき危険」の二重性だ。民俗学者・三浦昴の研究によれば、淫的な妖怪の本質は「人間の欲望を可視化した自然現象」にあり、遭遇事例の87%が新月か満月の水文気象と関連しているという。
最後に警告を。夜道で甘い麝香(じゃこう)の香りを感じた時は決して深呼吸してはならない。その息遣いこそが、淫妖へと続く妖しい契りとなるのだから――。